サイボウズ陸上部公式ブログ

失敗レース

こんにちは。山村です。

日に日に暖かくなってきているような…。卒業式シーズンですね。


オリンピック前のスーパー陸上で、自己ベストを出し、心身共に絶好調でシドニー入りしました。

自分で言うのも何ですが、私はピークを合わすのが上手かったと思います。シドニー入りしてからも、レースに合わせて良い仕上がりをみせていました。
そしてレース当日、普段考えないことを考えてしまったのです。
私は、どちらかと言うと1人で集中し、気持ちを高ぶらせて試合に挑むタイプです。闘争心を剥き出しにすると言えば良いのでしょうか…。
しかし、初めてのオリンピック、色々な方々から激励と「楽しんでおいで♪」と声を掛けられました。私自身緊張を解す為に、『楽しもう』としか考えなかったのです。なので、競技場に入ってからもキョロキョロ。「これがオリンピックか〜…楽しんで走ろう。」選手と言うより観客でしたね。スタートしてから150M付近で、いつもの自分と違う、ふわふわした感じに気付きました。レース中に変化を付けれる訳もなく、そのまま後半も粘れず、46秒22でゴール。全く自分の良さを出せずに終わってしまいました。
メンタルの大切さを知りましたね。
私の友人、寺野くんもある国際大会で絶好調だったみたいです。しかし、結果は惨敗。
道具を使わない。100%自分の力を発揮しなければならないのは、陸上競技の難しさだと思います。
当時は未だ若かったのかも知れません。何度走ったか分からないレースの中で、納得いく走りを挙げるならパリ世界陸上のマイルリレーだったかもしれまん。
練習でのタイムトライアル、予選、決勝と3本共45秒5でまとめることが出来ましたからね。
それぞれ状況が違う中、同じタイムで走れたのは心身共に同じ状態に出来たからだと思います。


Posted by kanno on March 15, 2010 | | コメント (1) | トラックバック (0)

疲労骨折

こんにちは。
山村です。


花粉飛んでますね。目が痒いです。
東京の桜開花は21日ぐらいみたいですよ。


しばらく陸上の話から遠ざかっていたので、今日は陸上話を…。


オリンピックイヤーの大学3年生は、春から自己ベストを出し、リレー種目で入賞を、と言う意味でオリンピアンになることが出来ました。この頃から日本代表は、『リレーでメダルを!!』の目標に変わってきたと思います。
6月ぐらいから脚に違和感があったでしょうか…病院という選択はなく、信頼出来る治療院へ通っていました。しかし、痛みが増すばかりでついに病院へ。
私は、人より痛み強いのかも知れません。多少の痛みだと気にせず過ごせてしまうのです。
最初は「疲労骨折の疑いがある」との診断。そのレントゲンを持って、大学病院でさらなる検査。疲労骨折が確定…。
愕然としましたね。9月にはオリンピック、気持ちにも焦りがありました。なぜなら私は、練習を人一倍して強くなったからです。
先輩の悟さんに、「お前の辞書に休むと言う言葉はないのか?」と言われたぐらいですから。
治療院の先生とコーチと相談しながら『走らない練習』が始まりました。
8月には、代表合宿もありました。皆が走っている中、私は室内練習。色々な面で耐えましたね。怪我しているのは骨なので、超音波治療ぐらいしか出来ません。後は、定期的に検査行くぐらいでした。
合宿中に、短距離強化コーチの高野先生から私のコーチに「山村は走れるのでしょうか?」と電話があったみたいです。その返事は、「大丈夫です。走れます。」だったみたいです。
練習好きの私にとって、苦しい合宿期間だったのは、言うまでもありません。 少しずつ足も回復し、コーチと負担の掛からないフォーム作りに時間を掛けました。
そして、オリンピック前のスーパー陸上で生涯記録となる45秒03、日本歴代2位の記録を出すことが出来、自信を持ってシドニーに向かうことか出来ました。

Posted by kanno on March 11, 2010 | | コメント (0) | トラックバック (0)